わたしのにんぎょひめ

アンデルセンの「にんぎょひめ」は、
形をかえてディズニーのアニメ「リトル・マーメイド」になり、
日本をはじめ多くの国の少女たちに
絶大な支持を受けました。
この作者もそんななかのひとりです。
作者は小学3年生の女の子。

王子さまに恋をしたにんぎょひめは
人間になるかわりに
美しい声を失います。
このふたつのフィギュアのあいだには
運命の壁がたちはだかっています。
その運命の壁を
作者はこの絵を見る人の想像力にゆだねました。

もちろん自分自身も映画や童話を思い出し、
想像しながら描きましたが、
それ以上に描きたかったのは
にんぎょひめのかわいらしさ。

ぱっちりとした目のなかにある
宝石みたいなエメラルドグリーン。
貝がらやひとでを
スパンコールのように身につけたにんぎょひめです。

声を失うということは、ことばを失うということ。
ことばを失ったにんぎょひめは、
王子さまに自分のこころを伝えることができるのでしょうか。
そんな不安がよぎったかもしれません。

司馬遼太郎さんは
『少年少女世界の美術館』のなかで
子どもたちのためにこんな文章を寄せています。
少年や少女たちが、
その年齢のときから美しいものにあこがれ、
何が美しく、何が嫌悪すべきものであるかを身につけなければ、
きっと醜悪なものの中で
平然としている人生を送るにちがいない。
美の訓練は、
智恵のできた大人になってからでは遅いらしい。

こどものころに読んだ物語や見た映画は、
感動が大きければ大きいほど、
それを絵にしたときには
その年齢の、そのときにしか描けない、
貴重な一枚になります。
それが自分にとっての財産にもなっていることがわかるのは、
だいぶたってからかもしれません。
このかわいらしいにんぎょひめの絵は、
きっとそんな一枚になってくれることでしょう。

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